HAPPINESS IS .......

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カテゴリ:いのち( 19 )

初めての方は、流浪の行く末 〜 続:流浪の行く末続々:流浪の行く末からお読みください。

翌日、末吉は……
まだ、地下駐車場で独りぼっちでした。

虎ニイと焦ネエは、隣家の庭で無邪気にじゃれあったり、のんびり眠ってしています。
末吉は、また隣家側の塀へ向かって悲痛な泣き声を上げながら、母猫の救出を待ちます。
こころなしか、その鳴き声も弱々しくなっているように思えます。どうにもしてやれない悔しさで、悲しくなってしまいます。末吉の鳴き声が聞こえるたびに、ベランダに出ては様子を見ていました。
やがて、母猫が末吉のところにやってきました。駆け寄る末吉、甘えまくってすり寄る末吉。
そして母猫からたっぷりとお乳をもらいました。ああ、でもそれは一時の母と子の時間なのです。

お乳をあげ終わった母猫は、すっと立ち上がると、またピョンピョンと塀を飛び越えて、虎ニイと焦ネエのいる庭へ行ってしまいます。こっちの子どもたちにも、お乳をあげなくてはなりません。
末吉は、必死に鳴いて母を止めますが、母猫はそれを振り切って、行ってしまいました。
末吉は、また独りぽっちになってしまいました。
コンクリートの駐車場に、ポツンとうずくまる小さな茶色のかたまり、末吉。

「かあさんは、このまま末吉をここで別に育てるつもりなのか?」
ノラ暮しの猫たちには、ノラなりのルールがあるのかもしれません。そこには、ヒトが立ち入ってはイケナイような気もします。それにしても、末吉はどうしたらいいのでしょう? なにかしてあげられないものか? ペット不可のわたしの部屋では飼えないし、飼える状況でもありません。
梅雨の晴れ間の暑い日でした。末吉は、どんなにか心細いことでしょう。
居ても立ってもいられず、プラ容器に水を入れ、せめてもの差し入れをしました。
他人様の地下駐車場ですから、入り口付近にそっと置いてきました。
「末吉、気付いてくれ! せめて、水でも飲んでくれ」……祈るような思いでした。

その日の夕方、ベランダからのぞいたら、なんとも意外なものを発見したのです。

発見した意外なもの……それは!
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by sally_brown | 2005-07-09 17:18 | いのち | Comments(0)

続々:流浪の行く末

初めての方は、2個下の記事流浪の行く末 および すぐ下の記事 続:流浪の行く末からお読みください。


冷たい雨も降りやんだ翌朝、わたしがそこに見た衝撃の無情の現実。
それは、母子猫たちが雨宿りしていた裏階段にポツポツと置かれたパ○ゾールとおぼしき白い物体。
へ〜〜、パ○ゾールって猫除けに効果ありなんだぁ……って、おいっ! 感心している場合か?

やはり、昨日の仔猫の凄まじい鳴き声は、そのお宅にとって迷惑だったのでしょう。裏階段に居座られるのは、困るのしょう。こればっかりは、どうしようもありません。
実は、そのお宅の屋上は、絶好の猫のお昼寝ゾーン。真冬には、3〜5匹ほどが気持ちよさそうにひなたぼっこしている姿をよく見かけました。それはご存じないのか、許しているのかもしれません。

あの母子猫はどこへ行ってしまったのでしょうか? ノラ暮らしの猫たちの行動範囲は、それほど広くはないと聞きました。それからは、帰り道にわざと1ブロック遠回りしたり、ベランダから見える範囲を探したり、近所の民家の裏庭を覗いたり、かなり怪しい行動を取りながら、母子猫の姿を探しました。探し方が下手なのか、どうしても彼等の姿を見つけられずに、二日ほど経ちました。

そして、突然の再会は思いもかけないものでした。
しかしこれが、仔猫の更なる苦難の姿だったのです。

なんたることか、仔猫は……仔猫は……
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by sally_brown | 2005-07-04 22:32 | いのち | Comments(0)

続:流浪の行く末

初めての方は、流浪の行く末から、どうぞ。


冷たい雨に濡れながら母を待つ仔猫が泣き叫ぶ、裏階段へのジャンプを諦めてしまった母猫。
ノラ暮らしの猫に、育児放棄なんてあり得るんだろうか? 嘘でしょ? 嘘だよね?
仔猫の悲痛な鳴き声を耳にしながら、わたしも信じられない思いで、母猫の姿を探しました。
しばらくすると、意外といえば意外、当然といえば当然の場所に母猫がやってきました。
それは、裏階段民家の勝手口。
そう、上からジャンプがダメなら、下からだ! って覚悟です。

「ああ、よかった。そりゃあ、なんとしてでもこどものところへ行くよね」
ちょっとほっとして、母猫と仔猫を見守りました。
母猫は、勝手口の回りに積み重なっているゴミ箱や段ボールを足がかりに、やはりまずは勝手口庇へのジャンプを狙います。
仔猫たちも、母猫が帰ってきたのが分かったのか、盛んに鳴いています。
「かあさん、がんばれ!」
一番高い段ボールの上で、身構える母猫。鳴いて声援を送る仔猫。
そして、息を殺して見守るわたし。

意を決して、母猫ジャ〜〜〜〜ンプ!!!!
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by sally_brown | 2005-06-30 13:12 | いのち | Comments(0)

流浪の行く末

低く重くたれ込めた暗い雲。窓の外の風景は、冷たい小雨で霞んで見える。
室内にいても、うすら寒い梅雨の日。
わたしは、篠つく雨の中から聞こえてくるこどもの声にぎょっとした。
それは、ただならぬ悲惨な叫びなのだ。
「すわ、虐待か?」
これは、捨ておけぬ。とにかく、声の主を探さねば。

ベランダから身を乗り出してみると、
そこには、民家の裏階段の下で身を寄せあうふたりのこどもたち。
そして、裏階段から這い出て、びしょぬれになりながら、
悲痛な声でなきつづける、もうひとりのこどもだった。
手すりに手をかけ、身がよじれんばかりになき叫んでいる。

「こんなところで、こどもたちだけ。どうしたのか?」
そぼ降る雨に濡れたこどもたちは、ブルブルと震えている。
よほど、寒かろう。いったい、親はどうしたのか?
なにかのお仕置きだろうか?

しかし、そこは他家の裏階段。わたしには手も足も出せない。
ああ、暮らしにくい世の中。こんな悲惨なことがあってよいものか?

と、そこへ足音もなく忍び寄る影が……
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by sally_brown | 2005-06-28 22:52 | いのち | Comments(0)

ひとりだけのお祈り

今現在、バチカンでは厳戒態勢の中、宗教/国を超え200万人以上ともいわれる人が集まり、ヨハネ・パウロ2世の葬儀が行われている。
テロ対策として、さまざまな兵器も用意されている、少しそれが悲しい。

わたしは、昼過ぎに近くのカトリック教会へ行ってきた。
意外にも、誰も居ない。
御御堂の説教段の横に、少しお若い頃の微笑まれた法王のお写真が掲げられ、
白い百合の花が手向けられていた。

誰も居ない御御堂で、わたしはその御写真の前にひざまずき、静かに祈りの時間を過ごした。
幼稚園で覚え、未だに忘れていないお祈りをお唱えした。
「パパ、どうか安らかに。そして、遠い日本にお出でいただき、ありがとうございました。あの日の感動と感謝の気持ちは忘れません。パパが争いのない平和を願われたお気持ち、わたくしも忘れず生きていきたいと思います。ありがとうございました」
静かなひととき、わたしはパパ=ヨハネ・パウロ2世と共に時間を過ごせた気がした。

しあわせは、分け隔てなく愛されるということ。
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by sally_brown | 2005-04-08 19:49 | いのち | Comments(0)

ヨハネ・パウロ2世

お亡くなりになった。
人はいつか死にゆくものと知ってはいても、奇跡を望まずにはおられなかった。
心安らかな最期をお迎えになり、天国への扉を通られたと信じたい。

法王が日本においでになったとき、飛行機のタラップから降りられて、
日本の地にキスをし、祝福をお与えくださる映像。
なぜかテレビの前で正座してみていた。
その祝福で、弾圧された切支丹の方々がどれほど救われたかと思い、
涙が止まらなかったことを思い出す。
ハライソを信じて、過酷な拷問に耐え、そして死んでいった人たち。
心ならずも踏み絵を踏み、その良心の呵責を一生背負って生きた人たち。
その人々が、あの一瞬にすべて天に昇ったように感じたものだ。

法王は、過ちを認めることを恐れない方だった。
その勇気をお持ちだった。

宗教とはどの道を選ぼうとも、しあわせを祈るもののはずだ。
法王の最期の言葉と伝えられる「アーメン」に、それはすべて込められているように思う。

しあわせは、だれもがしあわせになれること。
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by sally_brown | 2005-04-03 13:30 | いのち | Comments(0)

拭はばや

a0019386_11573871.jpg唐招提寺展へ行ってきました。
随分以前ですが、奈良の唐招提寺へも行きました。思いっきり季節外れのひとり旅のお陰で、あの広い唐招提寺を独り占めして、ゆっくりとさせていただいたことを思い出します。

東京/上野にお出ましになられた盧舎那仏は、台座と光背を奈良においてこられたようで、なんとなく寂しげに見えました。
それでも、その堂々としたおおらかなお姿は、その前に立つ者に安心感を与えてくれます。
少しでも近くで……とたくさんの人たちが盧舎那仏のすぐそばへ群がっているのを余所に、今回もまた、少し離れた場所でしゃがみ込むわたし。そう、仏さまと目が合う場所を探していたのです。
大きな仏さまの場合は、どうしても遠くになります。
団体でいらしたおばさまやおじさまから「???」と奇異の目で見られつつ、少し遠くでしゃがみ込み、しばし仏さまに見られている幸せを感じてきました。

それから、お寺では絶対に叶わないこと=盧舎那仏のお背中を拝見してきました。
光背をおいてこられたので、お背中が拝見できるのです。
大きな大きな広い広いお背中でした。
ああ、この広い大きなお背中で、人々の祈りや哀しみを一身に背負われているのだなと、有り難い気持ちになりました。

鑑真和上像にも、感銘を受けました。幾多の困難を乗り越えて日本へ渡来された、その生涯の波乱をみじんも伺わせない、それはそれはおだやかな静かなお姿でした。

記念にと思い、お香を買いました。
「きんもくせい香」は、珍しいなと思ったのと、その甘い香りに惹かれて。
「鑑真香」は、背がすっと伸びるような、すこしスパイシーな香りがします。

奈良の唐招提寺の裏手にある松尾芭蕉の「若葉して御めの雫拭はばや」を思い出しました。
誰かのために、なにかをしたい。そう思った一日でした。

しあわせは、誰かの役に立てること。
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by sally_brown | 2005-03-11 11:58 | いのち | Comments(0)

天国

a0019386_10371582.jpg12月……街中はいまだ馴染まない「ハロウィン」を過ぎ、クリスマスムード一色だ。
アメリカでは大統領が点灯式。日本各地でも、競うように巨大クリスマスツリーが出没している。それもいいだろう。祝い事でキレイで楽しいならば……。
しかし、忘れてはイケナイと思うことがある。クリスマスは広義でいうキリスト教の行事なのだ。カトリック幼稚園を卒園したので「神様」で真っ先に思い付くのは、イエス・キリストであり、父なる神だ。幼稚園では「クリスマス会」で、荒野の羊飼いたちに、ベツレヘムでの救世主誕生を知らせる天使の役だった。長く白い衣装を着て、大きな羽根を背負い、頭の上には天使の輪っかが浮かんでいた。「羊飼いたちよ。恐れることはありません。……」という台詞だった。
その後、さまざまな宗教や民族伝承などを読みあさって思うのは、どう呼称してもよいが「人智を超えたなにものかがあり、人は小さい者である」ということだ。畏怖と感謝の気持ちを忘れてはイケナイ。人間は、決して地球上に生息する生物の頂点ではない。
幼い命が奪われる事件が多発するいま、子供たちは「○○ちゃん、天国で楽しく遊んでくださいね」などと、痛々しくもちいさな手を合わせる。そんな映像を見る度に思う。この子たちは「天国」をどう理解しているのだろうか? 天国があるということは、地獄もあるのだ。
仏教的には、この世こそ「地獄」であるのかもしれない。
折角授かった命を、大切に愛おしみながら生きていきたいと思う。
写真は、ニューヨークのセント・パトリック教会で購入した「フィンガー ロザリオ」……この教会は、カトリック総本山(?)と聞く。教会内は、静寂で荘厳で温かかった。

しあわせは、だれもが「しあわせだ」と感じられること。
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by sally_brown | 2004-12-07 10:37 | いのち

十姉妹

幼い頃、玄関でジュウシマツを飼っていた。両親にとっては、子供の情操教育にと思ったのだろう。4、5羽いたので特に名前も付けず、幼い私は小さくて地味なその小鳥が十姉妹ということもわかっていなかった。ある日、一羽が動かなくなっているのを見つけた。母に報告すると「死んじゃったんだね」と言って、布にくるみ何かの箱に入れて、一緒に庭の隅に埋めた。墓標はたてなかった。土に埋めるということを、タネや球根でしか知らなかったわたしは、母に「この小鳥はどうなっちゃうの?」と尋ねた。母は「死んでしまったので、土になるんだよ」といった。私は、埋められたその小鳥から花が咲かないことを知った。
その後、カトリックの幼稚園に(ただ自宅から近かったという理由で)入園した。園内に御御堂(おみどう)と呼んでいたちっちゃなちっちゃな教会があり、幼稚園児サイズの膝をつくクッションのついたベンチが並んでいた。正面には十字架に架かるイエス様がおられ、その隣にはマリア様の御像(みぞう)がおられた。毎週水曜日にはどこかの教会からパードレ(神父様)がおいでになって、お祈りを捧げた。難しい教義は習わなかったが、お祈りと「人の罪をあがなう」ということを知った。
5歳の時、母方の祖父が亡くなった。遠く離れて育ったので、祖父との思い出は少なかった。あわてて帰郷する両親につれられた私は、顔に布を被せて寝ている人をはじめて見た。その横で泣く祖母と母、伯母たちを見て、これは哀しいことなのだと思った。
出棺の直前、親戚一同が棺に花を捧げた。孫の中で最も幼かった私は、多くの伯父や伯母の後ろでただ立っていた。すると伯父が(どの伯父だったのだろうか)私を抱き上げて「じいちゃんの顔をよう見ておきよ。もう会えんのじゃ」と言った。私は抱き上げてもらっていることに遠慮してしまい、本当は見えていないのに「じいちゃんの顔が見えた」と嘘をついた。
私は焼き場には連れていかれなかった。祖父は小さな白い箱になって帰ってきた。母は「よう可愛ごうてもろうた。頭を撫でてくれたり、赤ちゃんの時に抱いてくれた、じいちゃんの手のお骨をありがとうと言って拾ろて来たよ」と言った。私はお骨を拾うということが理解できなかった。

今、あの時伯父に抱き上げてもらいながら嘘をついたことを、とても後悔している。

動かなくなって土に埋められる小鳥、祈るということ、顔に布を被せ「お骨」になるということ。そういうことを積み重ねて、私は命ということを知った。

きちんと話してくれるおかあさんはすてきです。

しあわせは、今生きているということ。
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by sally_brown | 2004-06-12 19:32 | いのち | Comments(0)

a warm puppy, knowing who you are, being glad you're you.


by sally_brown(さり)