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続:流浪の行く末

初めての方は、流浪の行く末から、どうぞ。


冷たい雨に濡れながら母を待つ仔猫が泣き叫ぶ、裏階段へのジャンプを諦めてしまった母猫。
ノラ暮らしの猫に、育児放棄なんてあり得るんだろうか? 嘘でしょ? 嘘だよね?
仔猫の悲痛な鳴き声を耳にしながら、わたしも信じられない思いで、母猫の姿を探しました。
しばらくすると、意外といえば意外、当然といえば当然の場所に母猫がやってきました。
それは、裏階段民家の勝手口。
そう、上からジャンプがダメなら、下からだ! って覚悟です。

「ああ、よかった。そりゃあ、なんとしてでもこどものところへ行くよね」
ちょっとほっとして、母猫と仔猫を見守りました。
母猫は、勝手口の回りに積み重なっているゴミ箱や段ボールを足がかりに、やはりまずは勝手口庇へのジャンプを狙います。
仔猫たちも、母猫が帰ってきたのが分かったのか、盛んに鳴いています。
「かあさん、がんばれ!」
一番高い段ボールの上で、身構える母猫。鳴いて声援を送る仔猫。
そして、息を殺して見守るわたし。

意を決して、母猫ジャ〜〜〜〜ンプ!!!!
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by sally_brown | 2005-06-30 13:12 | いのち | Comments(0)

流浪の行く末

低く重くたれ込めた暗い雲。窓の外の風景は、冷たい小雨で霞んで見える。
室内にいても、うすら寒い梅雨の日。
わたしは、篠つく雨の中から聞こえてくるこどもの声にぎょっとした。
それは、ただならぬ悲惨な叫びなのだ。
「すわ、虐待か?」
これは、捨ておけぬ。とにかく、声の主を探さねば。

ベランダから身を乗り出してみると、
そこには、民家の裏階段の下で身を寄せあうふたりのこどもたち。
そして、裏階段から這い出て、びしょぬれになりながら、
悲痛な声でなきつづける、もうひとりのこどもだった。
手すりに手をかけ、身がよじれんばかりになき叫んでいる。

「こんなところで、こどもたちだけ。どうしたのか?」
そぼ降る雨に濡れたこどもたちは、ブルブルと震えている。
よほど、寒かろう。いったい、親はどうしたのか?
なにかのお仕置きだろうか?

しかし、そこは他家の裏階段。わたしには手も足も出せない。
ああ、暮らしにくい世の中。こんな悲惨なことがあってよいものか?

と、そこへ足音もなく忍び寄る影が……
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by sally_brown | 2005-06-28 22:52 | いのち | Comments(0)

花咲か爺が来たらしい

去年の夏に、ふた鉢購入したワイヤープランツ。
室内に飾ってご満悦だったんだけど、一週間と経たないうちに葉っぱが黄ばんでポロポロ落ちはじめた。細い枝の先に、ちょこっと葉っぱが残るだけの、ハゲワイヤーになってしまった。
あわてて、ネットでちょろっと調べたら『高温多湿で育ててください』とのこと。
えええ? エアコン直撃するところに置いてたから?
あわてて、ベランダに出して約半年。
寒い冬を越して、春頃からようやくハゲ枝からチロチロと葉っぱが出てきた。
枝振りも、ちょっと大きくなってきた。
毎朝水をあげ、霧吹きでシュッシュッてしてきた。
そしたら、ほら!
a0019386_13262183.jpgこれ、花でしょうか?
ふた鉢共に、ポチポチと咲いています。
ワイヤープランツに花が咲くとは知らなかった。
どうやら、我が家のベランダに花咲か爺様がおいでくださったらしい。

しあわせは、見守って育てた甲斐。



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by sally_brown | 2005-06-26 13:26 | さりせるふ | Comments(0)

キャンドルに物思い

a0019386_913577.jpga0019386_9142798.jpg
PRIVATE CAFEさん
のところで知った「100万人のキャンドルナイト 2005夏至」にちょびっと参加してみました。

エネルギー問題を考える啓蒙活動。全国各地でライトダウンするそうです。
わたしは、ちんまりと自宅ベランダでキャンドルの灯りで、しばし物思いにふけりました。
あのちいさな灯りって不思議。
なんだかじっーと考え事しちゃう。で、それを後で全部忘れちゃう。
ほっとした時間と、すっきりした気持ちが残りました。

でもさ、こうしてライトダウンできるなら、もう観光目的の建築物ライトアップとか、派手な電飾看板とかなくしたらどうかな?
遠くに見える街の灯りを眺めながら、そんなことも考えました。

しあわせは、ちいさな灯りが灯る窓。
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by sally_brown | 2005-06-20 09:12 | さりせるふ | Comments(0)

おじいちゃん最高!

こないだ、単館上映の映画を観てきました。
実は、別のプラン(A)(B)(C)があったのですが、ことごとく不発に終わり、やむを得ず急遽プラン(X)として、この映画にたどり着いたのですが、掘り出し物でした。
ほのぼの&ほんわか&じんわりでした。
そして、「真実」ってなんだ?という人生の課題を、こころに残してくれました。

a0019386_11493014.jpg「大いなる休暇」シネスイッチ銀座
単館ならではの、楽しい企画をやっています。

注:アムステルダムの朝は早いが、日曜銀座の夜も早い。
映画がはねた後、ハラベコで晩御飯難民となりました。
みなさん、ご注意ください。

しあわせは、真実を知って知る真実のこころ。
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by sally_brown | 2005-06-17 11:49 | とかいろいろ | Comments(0)

やわらかな線

a0019386_1001131.jpg8Bなんて見たことなかったので、思わず購入。
描いてみたら、するするっととてもやわらかな線が描ける。
こんなえんぴつで描いたら、優しい絵が描けそうだな。
デッサンの時間、さぼってばっかりだった。
ひたすらえんぴつを削って暇つぶし。
でも、センセにはもろバレしてた。
「2時間かけた絵は、2時間分のタッチがあるんです」。
一本の線にも、それだけのタッチがある。
ひさしぶりになにか描いてみたいと思った。

しあわせは、こころやわらかなタッチ。
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by sally_brown | 2005-06-09 10:03 | とかいろいろ | Comments(0)
わたしには、ずっとたいせつにしているある紙がある。
現在、活動を封印ししている第三舞台 の「朝日のような夕日をつれて '97」の際、座席に配付されていた作・演出の鴻上尚史氏の「ごあいさつ」である。

この「朝日のような夕日をつれて」は、1981年に第三舞台の旗揚げとして公演されてから、第三舞台の代表作ともいえる作品。
第三舞台の公演は、どれもイチベルが鳴るまでの間、客席にはRCサクセションの「トランジスタ・ラジオ」が流され、客席にはその他の舞台リーフレットとともに、鴻上尚史氏の「ごあいさつ」が置かれていた。
ごく普通のノートに直筆で書かれた「ごあいさつ」のコピー。
それは彼の風貌そのままのまるっこい文字で、なんとも愛嬌がある。

わたしの手もとにある「朝日のような夕日をつれて '97」の「ごあいさつ」は、こころに響くものがある。あれ以来、辛い時悲しい時、なんども繰り返し読んでは、書かれた言葉を噛み締める。
ここに全文を引用することはできないが、一部をご紹介したい。

たとえばあなたがいくつであろうとも、ある時、自分は大切な何かをなくしてしまったと思う時があるでしょう。
……中略……
いったい、大切な何をなくしたのか。
たとえば、それは、空が青いというただそれだけで涙を流した感覚だったり、
……中略……
僕達は、大切な何かをなくしたという感覚にはとても敏感です。が、大切な何かを得たはずだという感覚には、ひどく、鈍感です。
……中略……
けれど、あなたは、子供の頃、空が青いというだけで涙を流したという記憶を手に入れたのです。
……中略……
かつて、青空を見て涙を流したという記憶は、僕達を豊かにします。
……中略……
生きているということは、何かをなくしたぶんだけ、確実に何かを手に入れるということなのです。
だた、僕達は、そのことにひどく鈍感なだけです。
……中略、以下作品について、役者についての感想が続きます……
僕は、この作品を書いて演劇を始めた時から、何をなくして、何を手に入れたかを考えています。
あなたは、何をなくしましたか。
そして、何を手に入れましたか。

今日はどうもありがとう。ごゆっくりごらん下さい。
                んじゃ、鴻上尚史


全文を引用できないのが、もどかしい。
伝わるでしょうか? このこころのど真ん中にまっすぐじんわりと突き刺さる言葉。
淡々と彼は「なくしてしまったもの、そして手に入れたもの」を説く。
この「ごあいさつ」の紙は、わたしの宝物なのだ。

しあわせは、なくしてしまったもの、そして手に入れたもの。
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by sally_brown | 2005-06-04 14:03 | さりせるふ